自然エネルギーで暮らす

左側にはソーラーパネルが並び、右側はフレコンバックの列

2018年の活動で一番心に刻まれたことは、飯館村を訪問し現状を知ったことです。2011年の福島第一原発事故により全村避難となった飯館村は、2017年春に避難指示が解除されました。しかし、帰村は1割600人に留まっています。

除染は人家の周辺20メートルに限られ、除染廃棄物を詰め込んだフレコンバック(2トン袋)が、未だに農地に山積みにされたままの風景がずっと続いていました。その数230万個。汚染されていない土を詰めた袋で周囲を覆っていますが、その土の採取のために一山削り取り、見慣れた景色が変わってしまったそうです。それでもなお、各所に設置されたモニタリングポストの値は、0.3~0.6μ㏜/hを示し、ネット鎌倉が毎月測定している値の10倍で、決して安心できる値ではありません。私は、電磁波や化学物質に反応することがあり、飯館ではずっと舌がびりびりしていました。
58億円投入して建設した小中一貫校、8億5000万円のふれ愛館、14億円の道の駅。巨額な箱物を造っても、将来の展望は見えず帰村につながりません。20歳未満の帰村はわずか3人と伺いました。何のために多額の税金を投入しているのだろうと疑問でいっぱいです。

ただ、嬉しいこともありました。原発で失った地域社会を、自然エネルギーの創出で再生し、次世代のために豊かな社会をつくる実践がありました。飯館電力(株)は、農地の上部を利用したソーラーシェアリング(農業と発電事業を同時に行うシステム)と非農地は野立タイプのソーラーで自然エネルギーを生み出しています。ソーラーパネルの下で生産した牧草で牛を飼い、村の生業である営農に協力していく未来構想を持っています。自然エネルギーで自立復興の道をひらき、収益を地元に還元するという新しいビジネスモデルで地域経済の自立を目指していました。

我家も、自然エネルギーの電力会社から電気を購入しています。今後もパワーシフトする人を増やし、大規模電力会社に独占された電力ではなく、地域主導型のエネルギー事業で地域循環型経済へと社会を変えていく運動を進めていきます。